マンション「甘すぎ修繕計画」の恐ろしい末路
「一生賃貸」の方がマシなパターンがある
マイホームを買うことは、人生で最も大きな買い物の1つ。買う時は、将来への展望も空想して希望に満ちている人も多いだろう。しかし、自分が住み続ける建物の30年後や50年後のあり方について、考える人はあまり多くないのではないだろうか。
一戸建てであれば自分だけの所有になるため、自身の判断で将来に向けて臨機応変に対応できる。しかし、区分所有となるマンションでは、区分所有法による集団の合意形成という壁が存在する。マンションに暮らす人々は、世代や利害関係など多種多様。管理組合で物事を決めていくことは、簡単ではない。出口戦略がはっきりしない物件を保有し続けることが大きなリスクともいえるのだ。
建て替えか?100年以上持たせるか?
一般的に、マンションでは10年から15年ごとに、大規模な修繕が必要になり、3回目の大規模修繕を迎える頃には、出口としていくつかの方向性を見定める必要が出てくる。資産価値維持のための大まかな方向性としては、築60〜70年程度で建て替えるか、建物の長寿命化を施し、100年以上住み続けるという選択肢になるだろう。さくら事務所のマンション管理コンサルタント土屋輝之氏は、次のように話す。
「そもそも、こうした方針があるということを意識して維持管理を行っている築30年〜40年ぐらいのマンションは、とても少ない。長期的な視点がなく、足元の修繕をやる発想しかない。居住者の中に、飛び抜けて意識の高い人が数名いて周りを強烈にリードしているケースでないと、うまくメンテナンスされていることはないのが現実だ」
しかし、何の戦略もなく修繕積立金を積んでいるだけでは、実はどこかで破綻してしまい、待っているのはスラム化、そして資産としての価値が消滅するという未来だという。もちろん、目先の修繕工事だけをやっても、使い続けることは一定程度できるが、建て替えや長寿命化を目指す場合にかかってくる費用のインパクトは大きく、その部分を余力として持っているマンションは多くない。
日本におけるマンションのストック数は約601万戸あるが、その中で1981年6月以前の旧耐震基準で建てられた建物が2014年の段階で106万戸も存在する。建て替えの検討が必須である物件は多いのだが、2016年4月1日段階で建て替えが実現したのは、227件と圧倒的に少ない(「マンション建替えの実施状況」国土交通省)。
これまでに建替えが実現してきたケースは、敷地に建てられる建物の最大の床面積である「容積」に、何らかの事情で余剰が生じ、それを生かして以前よりも大きな建物を作ることができた場合がほとんどだ。この増加した部分を余剰床という形で売却し、建築費用を捻出する方法が取られてきた。
また、立地条件の良さも、建替え事業を進める重要な前提になる。パートナーとなるデベロッパーの収益の見込みが立たなければ、そうした話も出てこない。「自分たちのマンションも、いつか誰かが現れて、建て替えができるのではないかと、何の根拠もなく思っている人は残念ながらいる」(土屋氏)というが、現実はそうした物件は圧倒的少数である。
長寿命化の大規模修繕でも世帯負担は1000万円
では、50戸程度のマンションで、容積率に余裕がなく、建て替えたあともほぼ同じ戸数にしかならないケースで、解体から新築まで全て行った場合、どうなるか。マンションの規模によってもさまざまだが、都心によくある1戸あたり60平米〜70平米という広さで考えると、解体費、設計費、建築費などを合わせて「1世帯あたり平均3000万円くらい」(同)になるという。
建て替えが難しい場合は、もう一つの選択肢である長寿命化を模索することが考えられる。特に、郊外の大規模マンションや、バスでしかアクセスができない場所は建て替えの需要が乏しいため、早めに長寿命化のための資金を積み立てるという方向に移行していく必要があるだろう。こちらの方針を選択した場合でも、住民はそれぞれ「1000万円程度を支出する」(同)ことになるという。
また、建物の外側だけ綺麗になっても、部屋の中の設備が昔のままというわけにはいかないため、負担はまだ増える。60平米〜70平米のマンションで内装を全部取り払って、給排水、衛生設備などを全て取り替えるスケルトンリフォームをすると、「1000万から1200万ぐらいかかる」(同)。そうすると、建て替えずに長寿命化の道を選択しても、一世帯あたり2000万以下では不足するということになるのだ。
こうした費用負担を前提としながらも、法律に規定された区分所有者の同意を得て前に進めれば、まだよいシナリオだろう。築年数が古いにもかかわらず、出口戦略を見据えて計画的に維持管理をしていないマンションは、こうした物件の価値を維持するための選択肢が、1つずつなくなっていくことになる。
未来への方針が不明確だと、物理的、機能的劣化を防ぐための適切な投資ができない。その結果、マンションから人はいなくなり、修繕に必要な資金も入ってこなくなる。その時点で管理組合として慌てて管理費や修繕積立金を引き上げようとしても、合意は難しい。また、負担増を嫌って、人はさらに流出していくことになってしまう。
こうした悪循環に突入してしまうと、修正することはほぼ不可能だ。なぜなら、資産の大半を住民からの管理費と修繕積立金に依存している上、営利を目的とする会社とは異なり外部から資本を調達することもできず、選択肢に柔軟性がないからである。
こうしたリスクがある以上、建て替えで行くのか、長寿命化という道をとるのか、早い段階での合意形成が重要だ。その判断を行うための前提となる情報も必要である。国土交通省も問題を認識しており、「マンションの建替えか修繕かを判断するためのマニュアル」を作成。その中で、「最初のステップとして、当該マンションの老朽度を客観的に判定することが必要となります」としている。
しかし、築年数が経っているマンションでは、高齢者の住人の比率が高いことが問題を広げる。目先の資産価値が下落したり、建て替えの話につながったりすることを避けるため、老朽度判定で悪い評価を下されてしまい、それが表沙汰になることを嫌うのだ。
解体して土地を売っても利益が出ないケースも
「高齢者の方に問題を指摘しても、『もう自分は長くはないから、自分が死んだと後にやってもらう分には何をしてもいい』という話にすり替えられてしまうことが多い。しかし、戦略がなければ、どこかで行き詰まり、最後は大きな地震で壊れるか、スラム化する末路になる」(土屋氏)
「自分が死んだ後に」と言うが、そもそも人が亡くなるタイミングはバラバラであり、集団の意思決定が必要な場面であることが考慮されていない。また、権利者が死亡すれば、相続人が増えてより権利関係が複雑になるだけだ。不動産は社会的な資産であり、自分たちの個人的な都合だけで考えることは、本来筋違いのはず。どのようにすれば本質的な資産価値を維持し、後継の人たちに適切につなげるかという思考に変えていく必要があるはずだが、そうした問題意識すらないことがほとんどという状況だ。
何も手を打つことができなければ、理屈上、最終的には建物を解体して敷地を売却し、残った残余資金を区分所有の割合で分配することになる。しかし、こうなってしまうと、そもそも財産が残るかどうかも不明確だ。土屋氏によると、「都心で、小さな土地に背の高い大きなマンションが建っている場合、敷地を売却した費用だけで、建物の取り壊すと、ほとんどお金が残らないか、場合によっては足らないというケースもありえる」という。現金が残ればまだよいが、足りなければ持ち出しになってしまうというのだ。
実は、このシナリオすら机上の話。現実はさらにどうにもならない事態が起きる可能性が高い。大手不動産会社の法務担当者は「当初の所有者に相続が発生し、相続人が複数いることで共有関係などが複雑化している物件も多い。敷地売却に関する合意形成そのものも一筋縄ではいかないことは明らか」と指摘する。にっちもさっちもいかなくなれば、まったく流動性のないモノを抱えることになる。こうなると、住まいは賃貸を貫き、預貯金、株式、金地金などの金融資産で持っていた方が、結果としてはよかったということにもなりかねない。
まだ一部の都心タワーマンションなどを除き、こうしたリスクに思いを馳せ、意識高く将来の戦略を立てている管理組合は、ほとんど存在しない。しかし、過去と同じ失敗を繰り返さないためには、近年竣工されたばかりの新築マンションでも、早い段階から出口戦略を考えていく管理を行うことが重要になるだろう。
http://toyokeizai.net/articles/-/150892
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