「これから世代」の家の選び方 (上)──30代、Aさん夫妻の場合 世帯年収1000万、一見余裕のある住宅購入プランに見えるが… – 牧野 知弘

私の知り合いの都内の銀行支店長の話。

「いやあ、最近の若い方、すごいですよ。タワーマンション買いたい、とおっしゃって夫婦で6000万円、7000万円といった住宅ローン組むのですよ。家を買いたい、という気持ちが強いのですよね。もちろん、融資の審査は通過しているので、ローンはお出しできるのですが、いやあ、驚きです。個人的にはどうなのかな、とも思うのですが」

といって、苦笑いである。

対照的な2つの夫婦の住宅購入相談

こんな話を聞いた数日後、私のところにも家を買いたいという30代の夫婦AさんとBさん2家族からの相談があった。あまりに対照的な2つの夫婦の相談事、お付き合い願いたい。

Aさんは都心の一流上場企業勤務。共働きで子供は保育園に通う4歳と1歳の女の子。住んでいるのは、交通便の良い都心の賃貸マンション。広さは55平方メートル。家賃は15万円だという。

2人の年収を合わせると1000万円ほど。なかなかの高収入といえる。

そんなAさん夫妻からの相談が、子供も増えて今借りているマンションが手狭になってきたので、東京湾岸部のタワーマンションを購入したいとのことだった。価格は7500万円。こつこつ貯めてきた貯金は夫婦あわせて1000万円強。これにフラット35を活用した住宅ローンで6500万円を借りて買いたいとの計画だ。

ローン返済額は、夫婦でそれぞれ借入れ。変動金利を使って期間35年にすれば、毎月の返済額は16万円強、ボーナス時は60万円。年間返済額は280万円ほどだ。

低金利の今、世帯年収1000万なら十分払えるレベルだが…

この低金利時代の恩恵で年収1000万円超の夫婦からみれば、十分支払えるレベルだ。なおかつ、住宅ローン減税による所得減税分は年間40万円あるから、実質の支払い負担額は向こう10年については年間240万円程度ですむ。現在の家賃は月々15万円、これは「買うしかない」というのが夫婦の結論になったというわけだ。

そこで、物件や資金計画はともかくとして、なぜ家を買わなければならないかをはじめに聞いてみた。

奥さまは、やはりお子さんのことを第一にあげた。

「このマンションが完成する2年後には、上の子が小学校でしょ。今の家は2LDKで部屋は狭いし、子供部屋も持ちたいのです。幸いマンションには保育園も併設されるみたいなので、子供を預けて通勤できるのもいいですよね」

「でも、年間280万円といっても35年間は長いですよね。大丈夫ですか」と聞くと、

「ええ、たしかに。でもこれから給料は増えるだろうし、退職時に残債が少し残るけれど退職金で返してしまえばよいし、これからも生活は切り詰めて、都度、期限前返済もしていけば、なんとかなると思っています」

現在の家賃は15万円。「子どもが小学校に上がる前に子ども部屋もほしい」というが… ©iStock.com





ネット世代の意外にステレオタイプな発想

続いてご主人のAさん。

「僕も人生、住宅ローンに縛られるのはちょっとどうかな、とは思っていますが、家族のためだし。それにローン払ってればいずれ自分のものになるわけでしょ。この場所はオリンピック後も発展すると聞いたので、途中で売れば儲かるかもしれないじゃないですか。ま、それもありかなって思ってるんです」

でもどうしてそんなに家を「買わなければならない」のか、そんな私の質問に対して奥さまは、

「たしかに大丈夫かなとは思います。でも今買っておかないと、一生賃貸というのも不安なんです。だって、マンション価格はどんどん上がっているし、家賃払っても自分のものには一生ならないわけでしょ。それに家族向けの賃貸住宅はろくなものがないというじゃないですか。歳とると貸してくれないとも言いますし。ローン組むなら若いうちからのほうが返済は結果的に楽だと思ったんです」

私はこうした会話に、実は驚きを禁じえなかった。それはネット世代とも言われ、世の中のあらゆる情報を瞬時に取り入れ、それを活用しながら「しなやかな」生き方をする「これから世代」の彼らが、家については意外とステレオタイプな発想に留まっていることに対する驚きだ。

専門家が見るとAさん夫妻のプランにはこんな落とし穴が…

こうした買い方に対する私から見た懸念は以下のとおりだ。

(1)マンションが竣工する2年後、東京湾岸の中古マンション相場はかなり下落することが予測される(途中で売却したときに売却損が出る可能性が大きい)

(2)夫婦共働きで1000万円。どちらかが、リストラあるいは健康を害した場合の担保が何もない。もちろん夫婦仲が悪くなったときのことは(余計なお世話だが)一切考慮していない

(3)東京都内の人口は逓増していても、年齢構成については今後、急激に高齢化して、家に対する実需は確実に減少する

(4)今後都内の団塊世代以上が保有する戸建て、マンションが大量に売却されたり、賃貸に供されたりすることが予想される

(5)この世代は年金受給の受け取り時期の大幅な遅延と、支給額の減少が避けられない(退職金の一部でローンの返済を考えるのは非常にリスクが大きい)

(6)35年後のマンションは老朽化した物件になる。将来、Aさん夫妻が検討している湾岸部のタワーマンションがビンテージマンションになる可能性は低い

金利を含めると9800万円の借金なのに…

日々の買い物には一切の無駄なく、ネットを駆使しながら常に合理的な判断を下していく彼らが、

「いったい何のために家を持とうとしているのか」

という問いに対して、「今」という視点だけで、しかも35年も先までのことを「まあ大丈夫だろう」という不確かな確信で、これからの人生で稼ぐおカネの大半(35年間で金利分を含めると9800万円!)を投じようとしているのである。

「金利」と「税金」の優遇は家を買わせるための「誘い水」であっても、その誘い水に乗っかって、人生のすべてをローン返済のために費やすことについては、「これから世代」の人たちはもっと慎重になったほうがよいように思える。

国もマンション業者も銀行もあなたの人生を保証してくれない

誘い水をこしらえた国も、そしてさわやかな笑顔でセールスしたモデルルームの女性も、そして淡々と手続きをする銀行員も、これから膨大な時間をかけて返済をしていくあなたの人生に対して、さしたる興味があるわけでも、ましてや保証しているわけでもないのだ。

さて、同じように「これから世代」に属する別のBさん夫妻からの相談は、これからの時代を見据えた「しなやか」な住宅購入戦略だった。次回はその内容をご紹介しよう。

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